プロフィール

Daiki  WEBマーケター、ブログ収益化コンサルタント

オーストラリアのメルボルンをこよなく愛するメルボルンラバー。

絵が好きで好きな画家はフェルメールとダリ。

主なシゴト。

  • ブログ、メディア運営
  • 個人向けブログ収益化コンサル
  • 企業向けWEBマーケティングコンサル
  • オンラインWEBマガジン「Daydream Journal」の発刊

現在はメディアを運営しながら、
少人数限定でブログ収益化コンサルタントとしてクライアントさんのサポートをさせていただいてます。

時間も場所も固定しないノマドな働き方の実現を目指して、
ブログで収入を得るために必要な知識や具体的な取り組み方、

収入を安定化させるための道筋などをアドバイスさせてもらっています。

僕のクライアントさんの中にはキャンピングカーで日本一周の旅に出ている方など、
シゴトもライフスタイルも充実させることを目標に掲げていらっしゃる方も多く、

このような働き方がもっと大きなムーブメントになって欲しいという願いを込めて、
日々ブログやSNSを通じて発信をしております。

レストラン時代の話。

僕は学生時代は作曲活動をしていて、そのほとんどを音楽に当てていました。

大学ではお昼のランチタイムに放送されているTV番組のテーマ曲の制作に携わっていたり、
バンド活動をしたり、はたまた学外ではユニクロのTシャツのデザインコンテストに応募したりとアートに携わる取り組みをしていました。

なので今の僕の感覚やセンスは、
この頃の活動が大きく影響していることは言うまでもありません。

また、自分の思考やアイデアをコンテンツ化する楽しさや、その思いを人に伝えることで味わえる喜びも、
こういった活動から教えてもらったような気がします。

当時描いた、ダヴィンチの模写。

そんな僕が仕事として選んだ道。それは「料理」でした。

当時僕の所属したゼミではアートの研究のために大学院へ進学する先輩や、
独自の活動を追求するため就職はしないという決断をした仲間が大半をしてめていました。

そんな流れもあって僕は学生時代からアルバイトをしていたイタリアンレストランでそのまま働く選択をします。

僕の活動に理解がある職場だったので、
芸術活動と料理という二足のわらじで動けることに、とてもありがたみを感じていました。

自分で料理という作品を作り上げていく楽しさはアートそのもの。

23歳の時には結婚式の二次会を任されるようになって自分一人でお出しするお料理も決めていましたし、
基本的には料理長が担当するクリスマスコースのメイン料理も任されるようにもなっていました。

「このまま順調にいけば料理長にはなれるかな?」とか、「ゆくゆくはマネージャーとして今度はお店を創る側に回ることができるのかな?」なんて考えるようになっていましたね。

しかしそんな理想像とは裏腹に不安が募る毎日がそこにあったのです。

レストランとは華やかなイメージがありますが、
収入は一般的なサラリーマンと比べても低いですし、何より体力勝負です。

繁忙期の忙しさは半端ではなく営業中の休憩はナシ。
12時間近くぶっ続けで働き営業終了後は次の日の仕込みを終電ギリギリまで行う。

そんな無理がたたってか左手はフライパンの握りすぎで発症していた腱鞘炎が悪化し、
鍋を持つこともままならない状態になっていました。

料理長に相談するも、手の具合が改善されなければ最終的には手術するしかないということも言われました。

さらに、GWやクリスマスの休みは当然のようにありません。
連休は取れて2、3日。これって普通の休日と変わりませんよね(笑)

なので僕が働いている間に海外旅行に行ったという話は一度も聞いたことがなかったです。

安月給、長時間労働、休みナシ。そんな現実がそこにはあったのです。

でも僕は、レストラン時代を否定するつもりもありません。
忙しいと言っても別に僕だけが特別に忙しかったわけじゃない。

飲食店では長時間労働というのは当たり前みたいになっていますけど、
商社や外資系企業で働く方たちは1日3時間程度の睡眠時間な上に残業は月に150時間以上なんて当たり前。

常に激務とプレッシャーにさられて働き続けいている人たちだってたくさんいます。
そう考えると僕は甘かった。僕が単純にわがままだったのです。

自由になりたい、もっとスケールの大きなことをしたい。

ずっとそんなことを考えていましたし、
海外旅行の一つもいけないほどの仕事漬けの毎日がどうしようもなく嫌だったのです。

さらに僕の周りには優秀な人が多く、国の運営に携わる仕事をしていたり、
世界を飛び回りながらバリバリ働いていたり、スケールの大きな仕事をしている友人が多かった。
それに比べて僕は「厨房」という、狭い世界で働いてる現実に強い劣等感を感じてたのでしょう。

「なんで僕はこんな誇りを持てない仕事をしているんだろう?」
「みんな自分の仕事が好きで、社会的にも意義のある仕事をしているのに僕はただパスタを作って出すだけ。」

そんな風に自分を卑下したいたこともありました。

ちょうど20代半ば、それなりに大きな仕事も任される年代ということもあり、
焦りや周囲との比較も僕の自由への憧れを増幅させた要因だったのだと思います。

もちろん「スケールの大きな世界で生きる」なんていう理想には目を瞑り、
自分の目の前に敷かれたレールだけを歩んでいけば楽だったかもしれません。

挑戦も理想もない世界でただ黙々と自分のキャパの範囲内で、ただ目の前の作業をこなす。
ショボい自分や周りの常識だけを信じて生きていればギャップに苛まれることも、大きく自信を失うことも無かったでしょう。

でも僕は絶えることができなかった。もっと広い世界があるはずだ、
もっと自分らしくいられる世界があるはずだと。

全てを変えたメルボルン。

そこで僕はある程度自分のポジションも出来上がっていて、
5年働いたレストランを辞めて日本を出る決意をします。

音楽やアートを通して自分の世界を作る、その道で生きていくために最適な道を選んだはずでしたが、
いつしか将来の不安や行き場のない絶望感を生み出す原因となっていました。

ただ、いくら不満があると言っても一緒に働く仲間はみんな好きだった。
だからもっとこの仲間と一緒に仕事をしたいという思いもありました。
それに安定的な収入がなくなるという恐怖心もありました。

それでも当時の僕は新しい何かを求めていた。
今すぐここを抜け出して、何としてでも日本を出て、もっと広い世界を知りたい。その一心だったのだと思います。

僕が選んだのはオーストラリアのメルボルン。

メルボルンは別名ガーデンシティと呼ばれていて、
カフェやレストランなどが多く立ち並ぶ街。都会的でありながら、緑が多く開放的な街です。

何もかもが新鮮だったメルボルンで、
僕は自由を謳歌している人たちと出会うことになります。

職場で出会った日本人の友人はDJをしながら、
好きな時に海外へ行けるような働き方を実現していましたし、

僕が一番仲よかったサウジアラビアの友人は、
母国でインテリアデザインの会社を経営していていました。

当時僕は、
日本人や外国人問はず、そのフットワークの軽さに衝撃を受けたものです。

社会人になったら残業や長時間労働に追われ、ただ仕事のためだけに生きる。
そんな今までの常識とは全く異なる世界がそこに広がっていました。

そんな数ある出会いの中で、とある日本人投資家との出会いが僕の人生を激変させるのです。

投資家との出会い。

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彼は不動産投資や輸入関係、飲食店経営など数多くのビジネスを手がけている投資家でした。

当時は英語の勉強のためにメルボルンに来ていたのですが、
その生活は僕とは全く違うものでした。

海が見えるホテルのレストランで毎晩ディナー。自由気ままに世界を渡り歩き、
不動産や輸入関係などいくつものキャッシュポイントから一般的なサラリーマンの何倍もの収入を得ているのです。

その自信に満ち溢れた佇まい、
ゆとりのある生活を送る彼は今ままで僕が出会ってきた人とは全く違うオーラを放っていました。

一方僕はこのメルボルンでの生活が終わればまた日本に戻り、
就活をしてまた組織の一員として働く。また今までと同じ常識に縛られて生きる現実が待っていました。

「これだけ生きる世界が違う人もいるんだな」

彼に憧れと嫉妬が入り混じった感情を覚えながら、
彼とのビジネスの話を通して僕は自分でビジネスをすることの面白さに魅了されるのでした。


そして月日は流れ1年弱慣れ親しんだメルボルンを僕が離れる日の夜。今でも忘れることはありません。
フライト前の腹ごしらえとして、nando’sというチキン専門店に行った時のこと。

いつものようにビジネスの話をしていたのですが、
僕の人生を変えることになる言葉が彼の口から飛び出すのです。

「何か自分でやってみたいなら、ネットビジネスやれば?」

その瞬間、頭の中で何かがパンッと弾けたような気がしました。
彼は何気無く言ったのかもしれませんが、その言葉は深く僕の胸に突き刺さったのです。

その後彼は、「これからはネットを使った働き方が当たり前になること」
「在庫を抱えることもないのでリスクがほとんどないこと」

WEBの力を借りて起業することの魅力を語ってくれました。
ブログを運営していけば彼のように世界を飛び回りながらシゴトができる。

そしてそんなワークスタイルを自分の手で実現したい!そう強く思った瞬間でした。

ブログスタート!!


帰国後に僕はWEBを使ったビジネスの世界に足を踏み入れるわけですが、
最初は独学でスタートしました。

右も左も分からない状態のため全てが手探りでしたが、
開始から2週間ほどでウェブサイトを立ち上げることに成功します。

そして当時オーソドックスであった無料レポートスタンドからの集客、
メルマガの発行などを完全独学で行い、情報発信のベースを半年足らずで作り上げたのです。

しかし、そこに待ていたのは収入が全く入らないという現実でした。
メルマガの登録者数は2人。アフィリエイトの収入は0円。

完全に挫折です。笑

そこで軌道修正をするために、とある女性起業家のマンツーマンコンサルを受け、
「ブログを使ったマーケティング」を学び始めました。

SEO、WEB集客、Wordpress、Adsense、ブログライティングなど、
細かい部分を学んでいくにつれて、基本的な知識がいかに抜け落ちていたかということがよくわかりました。

そして半年間利益が0円だった状態から、1か月目で7000円、2ヶ月目で20,000円と収益が伸びていき、
気づけば4ヶ月半後には月収10万円を達成。

さらにその半年後にはブログの更新頻度を落としながらも、
月収21万円という数字を達成することができました。

ただ僕は両手を上げて喜ぶことはありませんでした。
なぜならブログで成果を出すことは一つの通過点でしかないという考えがあったから。

多くの人がこの壁を超えているのだから、
メンターのアドバイスに従って取り組んでいけば成果が出て当たり前。

そんな意識で取り組んでいたからです。

ただ一つだけ嬉しいことがあって、
それは大好きなカフェでのんびりできる時間が増えたこと(笑)
そして自分の力で収入を生み出し、自分軸で生きていると実感が持てたことです。

このような体験が、もっともっとスキルを磨いてもっとこの世界にどっぷりとつかって生きたい。
そんな気持ちを芽生えさせるキッカケになりました。

2017年の3月にはこのNomad Avenueを立ち上げ情報発信を開始し、
2018年からは僕のような理想を掲げてブログやWEBを使った働き方興味がある方達に対してのコンサルも始めました。

まだまだ影響力は微々たるものかもしれない。

でも目の前にいる人を、
これからブログやWEBの力を借りて自分の人生を自分の手で切り開いていきたい人の助けになれる。

そんな仕事に僕は誇りを持っています。

自分が誇れる仕事をしよう。

ここまで僕のことを長々と綴ってきましたが僕は自分が誇れる働き方を望んでいたし、
そういう働き方ができれば人生幸せだと考えています。

レストラン時代は確かにクリエティブな仕事ができることは楽しかったけど、
仕事に対する誇りが持てませんでした。

学歴もないし、大手企業に就職した経験もない。

だから自分はどこに行っても評価もされないし認められることはない。
そんな風に卑屈になっていたのだと思います。

そんな僕にとって、ラップトップ1台でビジネスをするという働き方は、
自由の翼を与えてくれるものであると同時に、僕の心を満たしてくれる希望でもありました。

だからこのビジネスを通して僕は「誇りを持てる働き方をしよう」
そう多くの人に伝えていきたいと考えています。

結局人は仕事なしには生きていけません。

例え将来ベーシックインカムが導入され「働かなくてもいい時代」が来たとしても、
イキイキと素敵な人生を歩んでいる人たちはきっとシゴトをしてるはずです。

どんな時代においても、仕事とは「人生の生きる意味そのもの」なんです。
だから僕自身も心から好きだと思えるシゴトをもっと追求していきたい。

朝起きたら日光を浴びてドンと胸を張って、自信に満ち溢れながら仕事がをする。
そんな働き方を一人でも多くの人に実現してもらいたいと思っています。

冒頭でも少しご紹介しましたが、僕のクライアントさんの中には、
キャンピングカーで旅に出ている方もいます。

メルマガメンバーの中には、
アートの勉強のために美術学校への進学を目指している方や国内でのデュアルライフを目標としてる方など、
多くの仲間が理想の働き方を追求しています。

最終的にはそんなエネルギー量の多い人と達と一緒に海外を旅したり、
アートが体験できるカフェなんか運営できたら面白そうだなって思っています。
実現できたらきっと面白いですよね。うん。きっと面白い。

「いや、現実を見ろ」とか、「そんな理想を追求できる人なんて成功者だけだ!」とか、
色々な意見があるかもしれません。

でもこれからの時代そんな感性が市民権を得ていきますし、
その理想を追求するプロセスまでもが仕事の一部になっていきます。

このNomad Avenueはそんな理想を追求をする人たちが集う場所としてあり続けたいと思います。

やっぱり自由って幸せだ。

だいぶ長くなったしまいましたが最後に、
こんな経験を得て僕はやっぱり自由って素晴らしいと感じています。

住む場所も、人間関係も結局は仕事が中心ですよね。
会社があるから通勤できる範囲に住み、関わる人のほとんどは会社関係となります。

人は常に「会社」を中心に生活しているのです。
もしその枠組みが取っ払われたのであれば僕らはもっと自由になれるとは思いませんか?

僕はレストラン時代、面白いと思える仕事をさせてもらったけど、
狭い世界で生きることにとても息苦しさを感じていました。

だから今、こうしてブログ起業をしてラップトップ1台あればどこでも仕事ができる。
日本でも、オーストラリアでも、変わらずシゴトができるワークスタイルにとても幸せを感じています。

自分がやりたいこと、挑戦してみたいことにとことん没頭できる。
そんな環境があることもありがたいですね。

今は個人の時代と叫ばれている通りちっぽけな個人でも自分の価値を高めて発信すれば、
大きな影響力を持つことができる時代になりました。

ブログやSNSはもちろん、最近ではSHOWROOMやVoisyなど自分を表現できる環境は揃っています。
ぜひこの1億人が主役になれる時代においてテクノロジーとともに理想の働き方を追求していきましょう。

あなたが思っているほど、理想の世界は遠くはありません。

自分のスキルを磨いて発信力を身につけていけば未来はいくらでも塗り替えていくことができる。
たとえ途切れかけた人生でも色鮮やかな絵の具で継ぎ足していくことができる。
色彩豊かなパレットはあなたの手の中にあるのですから。

好奇心が赴くままに、一緒に理想の働き方を追求していきましょう。